実家にひきこもって生きていたあの頃は、外の世界が怖くて仕方がなかった。特に人と対面することへの恐怖心。ネット世界でいくら人と交流できても、リアル世界で会う人々は私と違う「社会」で生きていることをいつも突き付けてきた。学業に励んでいる人、仕事に勤しんでいる人。それぞれが己の役割を全うするなかで、私は責任を放棄していた。一人分の酸素と空間をこの世界から奪うだけ。生産的なことは何もできない。私は疎外感に苛まれながら毎晩「今日も何もできなかった」と眠りにつくことしかできなかった。

 そんな夜を越えて、有難いことに、現在は仕事に就くことができている。しかし、私は心の何処かで、あのような退廃的な生活にいつ戻ってもおかしくないと思っているのだ。10年後もこの仕事を続けていられるだろうか。仮に今の仕事が続けられなくなったとして、転職することはできるのだろうか。──明日のことさえ不透明なのに、そんなこと分かるはずがない。そう理解はしていても、頭の中で不安が騒いで心を搔き乱す。ひとたび硝子が割れてしまえば、接着剤で修復しても割れ目は残り続ける。人間だって同じ。疵を抱えながら生きていく。

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