ホスピタリティ
2024年8月21日──私は東京に居た。前日までに越谷レイクタウンや東京ディズニーシーなどを恋人とともに訪れて、夏休みを謳歌していた。21日はその最終日だった。
午前中にお台場を観光し、午後は羽田空港から帰路につく手筈であった。初めて見たわけでもないのに、レインボーブリッジは壮観で、何度もシャッターを切った。
そして自由の女神像を見上げていた時、頭に痛みが走った。一過性に思えたが酷くなっていくばかりだったので、予定を早めてリムジンバスの出発地に向かった。
グランドニッコー東京台場という立派なホテルから羽田空港へのリムジンバスが出発する。私はそのホテル前からバスに乗り込み、羽田空港に向かう予定だった。
エントランスに到着した時には頭痛に加えて吐き気まで催していた。近くに居たスタッフに「お手洗いを借りてもいいですか?」と尋ね、丁寧に教えてもらったトイレへの道筋で──私は激しく嘔吐し、膝から崩れ落ちた。その場で動けなくなった。
恋人がすぐにビニール袋を用意してくれたのだが、袋から溢れるように吐瀉物を床に撒き散らしてしまった。ガンガンと音が鳴る頭の中で、綺麗で清潔な床を汚染してしまったことに申し訳なさを感じていた。
ホテルスタッフからは救急車を呼ぶことを提案されたものの、応接室でしばらく休ませてもらうことになった。持ち歩いていた解熱鎮痛剤を、ホテルスタッフに用意してもらった水で飲み込む。やわらかいソファに体を倒して、重力に、すべてを委ねた。
しばらくするとやや回復。しかし、リムジンバスの発車時刻を過ぎ、予約していた航空機はキャンセルになった。今後のことを判断するにあたり、ホテルスタッフが帰り方の具体的な相談に応じてくださった。
もし滞在期間を延長するようなことになれば自社の空室状況を確認したり、他社のホテルを紹介することもできると。新幹線に乗るため東京駅に向かうと決意した私には名刺を渡し、「何か困ったことがあれば連絡して欲しい」と見送ってくださったのだった。
私はホテルの宿泊客ではない。エントランスの床を吐瀉物で汚し、応接室を占拠するという、ホテルに面倒を持ち込んだ困った観光客だったと思う。しかし、ホテル側は嫌な顔をひとつ見せず対応くださった。
ホスピタリティを体現するホテル側の対応に私は感銘を受けた。無事に自宅に帰れたら御礼の手紙を書こうと思う。そしていつか必ず宿泊しよう。私にできる御礼はこれくらいしか思いつかない。
帰路に就く新幹線の車内で思いを綴る。